うと思われる。
いったい二つの顔の似ると似ないを決定すべき要素のようなものはなんであろう。この要素を分析し抽出する科学的の方法はないものだろうか。自分は自画像をかきながらいろんな事を考えてみた。同じ大きさに同じ向きの像を何十枚もかいてみる。そしてそれを一枚一枚写真にとって、そのおのおのを重ね合わせて重ね撮《と》り写真をこしらえる。もしおのおのの絵が実物とちがう「違い方」が物理学などでいう誤差の方則に従っていろいろに分配せられるとすれば重ね撮りの結果はちょうど「平均」をとる事になってそれが実物の写真と同じになりはしまいか。もしそれが実物と違えばその相違は描き手に固有ないわゆる personal equation を示すか、あるいはその人の自分の顔に対する理想を暴露するかもしれない。それはとにかく何十枚の肖像をだいたい似ている度に応じて二つか三つぐらいの組に分類する。そうしてその一つ一つの写真を本物の写真と重ねてみてよく一致する点としない点とをいくつかの箇条に分かって統計表をこしらえる。こんな方法でやれば「顔の相似」という不思議な現象を系統的に研究する一つの段階にはなりそうである。
自画像はNo.[#「No.」は縦中横]2でしばらくやめてまた静物などをやっているうちに一日画家のT君が旅行から帰ったと言ってわざわざ自分の絵を見に来てくれた。ありたけの絵をみんな出して見てもらっていろいろの注意を受け、いろいろなおもしろい事を教わってたいへんに啓発されるような気がした。自画像の二枚については、あまり色が白すぎるというのと、もっと細かに見て、色や調子を研究して根気よくかかなければいけないというのであった。なるほどそう言われてみると自分のかいた顔は普通の油絵らしくなくて淡彩の日本画のように白っぽいものである。もっとも鏡が悪いために実際いくぶん顔色が白けて見えたには相違ないが、そう言われて後に鏡と絵と比べてみると画像のほうはたしかに色が薄くて透明に見えて、上簇期《じょうぞくき》の蚕のような肌《はだ》をしていた。そしていかにもぞんざいで薄っぺらなものに思われて来た。それからT君はいろいろの話の内にトーンというものの大切な事を話した。目を細くしてよく見きわめをつけてから一筆ごとに新しく絵の具を交ぜては置いて行くのだそうである。ある人は六尺もある筆の先へちょっと絵の具をくっつけて、鳥
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