気違いの所業だとして簡単に解釈をつけ、そうしてこの所業の価値を安く踏もうとする人もあるであろう。そういう見方にも半面の真理はあるかもしれない。そういう批判などはどうでもいいが、私はこの煙突男の新聞記事を読みながら、ふと「これが紡績会社の労働者でなくて、自分の研究室の一員であったとしたら」と考えてみた。ともかくもだれのまねでもない、そうしてはなはだ合目的なこの一つの所行を、自分の頭で考えついて、そうしてあらゆる困難と戦ってそれをおしまいまで遂行することのできる人間が、もし充分な素養と資料とを与えられて、そうして自由にある専門の科学研究に従事することができたら、どんな立派な仕事ができるかもしれないという気がした。もちろんちょっとそういう気がしただけである。
日本人には独創力がないという。また耐久力がないという。これはいかなる程度までの統計的事実であるかがわかりかねる。しかし少なくとも学術研究の方面で従来この二つのものがあまり尊重されなかったことだけは疑いもない事実である。従来だれもあまり問題にしなかったような題目をつかまえ、あるいは従来行なわれなかった毛色の変わった研究方法を遂行しようと
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