歩いてもこの小さな鉄片がなりに似合わぬ高く鋭い叫び声を発して自己の存在を強調する。その音が頭の頂上まで突き抜けるように響き渡って、何よりもまず気が引けるのである。人とすれちがう時などには特に意地悪くわざわざガリガリと強い音を出す。すると人がびっくりして自分の顔を見るような気がするのである。
 この一センチメートル三角ぐらいの鉄片は、言わば「やましき良心」のごとく、また因果の「人面瘡《にんめんそう》」のごとく至るところにつきまとって私を脅かすのであった。
 だれが考えたものか知らないが、この鉄片はとにかく靴のかかとの磨滅《まめつ》を防ぐために取り付けたものには相違ない。しかし元来|靴《くつ》というものは、「靴自身のかかとのすり減らないためにはくもの」ではなくて、生身の足を保護するためにはくものである。もし足はどうなってもいい、靴さえ減らなければいいというのならば、いっその事全部鋼鉄製の靴をはけばいいわけである。
 はきごこち、踏みごこちの柔らかであるということは、結局|磨滅《まめつ》しやすいということと同じことになるのではないか。靴底と地面との衝撃の結果として靴底が磨滅されるおかげで、不
前へ 次へ
全22ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング