な発見をすることによってめいめいの小さなかわいいプライドを満足させているように思われる。
 雲取池《くもとりいけ》のみぎわのベンチに、五十格好の婦人が腰かけて、ハンケチで半面をおおったまま、いつまでもじっとして池の面をながめていた。相当な服装をしているが、いかにもやせ衰えている上に、顔一面に何か皮膚病と見えてかびでもはえたような肌合をしている。このへんを歩いている人たちの大部分は、西洋人でも日本人でも、男でも女でも、みんなたった今そこで生命の泉を飲んできたような明るい活気のある顔をしている中で、この老婦人だけがあたかも黄泉《よみ》の国からの孤客のように見えるのであった。「どうかするんじゃないかしら。」そんな暗い予感の言葉が同時に一行の口から出た。草津入浴のついでにこのへんを見物に来たのだろうというものもあった。しかし、当人は存外のんきに歌でも詠《よ》んでいたのかも、それはわからない。顔の粉っぽいのは白粉《おしろい》のつけそこねであったかも、それはわからない。
 軽井沢の駅へおりた下り列車の乗客が、もうおおかたみんな改札口を出てしまったころに、不思議な格好をした四十前後の女が一人とぼとぼ
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