、いわゆる「居留地」向きの雑貨のほかに、一九三三年の東京の銀座にあると同じような新しいものもあるのである。書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖書の講義もあればギャング小説もある。
郵便局の横町にナンキン町がある。店にいて往来人をじろじろながめる人たちの顔つき目つきがどこかやはりちがう。なんとなくゲットーのような趣もある。周囲がみんななまけて金を使っている中でこの横町の人たちだけは懸命で働いて金をもうけているのである。
このへんで道をきくと「これをまっすぐに、まっすぐに……」と言われるにきまっているらしい。まっすぐに行かれるように道ができているのである。
ゴルフリンクの入り口でお茶を引いているキァデーの群れがしきりにクラブを振りまわしている。なんだか哀れである。昔とちがって今では貧民の子でも旧大名のお姫様のお供をして歩かれる。しかし日常生活の程度の相違は昔と同じか、むしろいっそう著しいであろう。子供らは得意になって殿様がたのような気持ちになってクラブをふるうているのである。リンクの入り口には「危険」だから入場するなというような意味の立て札がある。ちょっとし
前へ
次へ
全14ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング