の噴水が高くなり低くなり、細かく砕けたりまた棒立ちになったりする。その頂点に向かう視線が山頂への視線を越しそうで越さない。風が来ると噴水が乱れ、白樺が細かくそよぎ竹煮草《たけにぐさ》が大きく揺れる。ともかくもここのながめは立体的である。
毎日少しずつ山を歩いていると足がだんだん軽くなる。はじめは両足を重い荷物のようにひきずり歩いていたのが、おしまいには、両足が立派な独立の存在となって自分で自分を運搬するばかりか、楽々とからだのほうをかつぎ歩くようになって来た。この傾向がどこまでも続いたら、おしまいには昔話の仙人のように雲に駕《が》して山から山を飛び歩けそうな気がする。仙人の話は存外こんな想像からも生まれ得たのである。
碓氷峠を下って関東平野にかかると今さらに景色の相違が目に立つ。落葉松、白樺、厚朴、かえでなどの代わりに赤松、黒松、榛《はん》、欅《けやき》、桐《きり》などが幅をきかしている。そうして自由に放恣《ほうし》な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍《きび》、甘藷《かんしょ》、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメロディーのようにあとへあとへと過ぎ行くのである。
底本:「日本随筆紀行第一一巻 長野 雲白く山なみ遙か」作品社
1986(昭和61)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第八巻」岩波書店
1961(昭和36)年5月
初出:「経済往来」
1933(昭和8)年9月
入力:もりみつじゅんじ
校正:多羅尾伴内
2003年4月28日作成
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