っているように見えるのである。そうして浅瀬のせせらぎに腹を洗わせながら、じっとして動かないでいる姿は実に美しいものである。あひるが陸《おか》へ上がってよちよち歩くときの格好は、およそ醜い歩行の姿の典型として引き合いに出るくらいであるが、こうしてその固有のおるべき環境にいるときの自然の姿はこのようにも美しく典雅なものである。固有でない環境に置かれれば錦繍《きんしゅう》でもきたなく、あるべき所にあれば糞堆《ふんたい》もまた詩趣があるようなものであろう。今の日本では毛色の変わったいろいろの環境と物とが入り乱れて、何が固有であるか見当がつかない状態にあることは、ちょうどここの盆踊りのようなものである。これが時の精錬器械にかかって渾然《こんぜん》とした一つの固有文化を形成するまでには何百年待たなければならないことか見当もつかない次第である。おそらくいつまでもそうならないところに日本文化の特徴があるかもしれない。
 あひるは四五日の間に目に見えて肥《ふと》ったようである。そうして一日のうちには何度となくヴェランダの前へ来て、ガーガーと来意を告げるのである。今に秋風が音ずれて、われわれのみならず、こ
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