垣などは別として、本当の意味での物質科学の開け始めたのはフロレンスのアカデミーで寒暖計や晴雨計などが作られて以後と云って宜い。そして単に野生の木の実を拾うような「観測」の縄張りを破って、「実験」の広い田野をそういう道具で耕し始めてからの事である。ただの「人間の言語」だけであった昔の自然哲学は、これらの道具の掘り出した「自然自身の言語」によって内容の普遍性を増して行った。質だけを表わす言語に代って数を表わす言語の数が次第に増して行った。そうして今日の数理的な精密科学の方へ進んで来たのである。
 言語と道具が人間にとって車の二つの輪のようなものであれば、科学にとってもやはりそうである。理論と実験――これが科学の言語と道具である。[#地から1字上げ](大正十二年五月『理学界』)



底本:「寺田寅彦全集 第五巻」岩波書店
   1997(平成9)年4月4日発行
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
2005年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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