侏儒のダンスはわれわれの目には実に目まぐるしいほどテンポが早くて、どんなステップを踏んでいるか判断ができないくらいであろう。しかしそれだけの速い運動を支配し調節するためにはそれ相当に速く働く神経をもっていなければならない。その速い神経で感ずる時間感はわれわれの感じるとはかなりちがったものであろう。それで、事によるとこれらの一寸法師はわれわれの一秒をあたかもわれらの十秒ほどに感ずるかもしれず、そうだとすれば彼らはわれわれのいわゆる十年生きても実際百年生きたと同じように感じるかもしれない。
 朝生まれて晩に死ぬる小さな羽虫があって、それの最も自然な羽ばたきが一秒に千回であるとする。するとこの虫にとってはわれわれの一日は彼らの千日に当たるのかもしれない。
 森の茂みをくぐり飛ぶ小鳥が決して木の葉一枚にも触れない。あの敏捷《びんしょう》さがわれわれの驚嘆の的になるが、彼はまさに前記の侏儒国の住民であるのかもしれない。
 象が何百年生きても彼らの「秒」が長いのであったら、必ずしも長寿とは言われないかもしれない。
「秒」の長さは必ずしも身長だけでは計られないであろう。うさぎと亀《かめ》とでは身長は
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