、ともかくも我邦で一人でも多く学問の研究に志し従事する人が多ければそれだけ我邦の学術は発達を刺戟される。屑のような論文が百も出るうちには一つくらいは少しはろくなものも交じる確率があり、万人の研究者の中には半人くらいは世界的の学者を出すプロバビリティーがあるかも知れない。それで、何かしら一つ仕事をすれば学位が必ずとれるとなれば志望者も自ずから増すであろう。あの男が取れるならおれでも取れるという人もあるかもしれない。その結果は研究者の増加を促し翻っては一国の学術研究熱を鼓吹することになるであろう。これに反して、五年も十年も一生懸命骨を折って勉強をした人の、外目にはともかくも相当なコントリビューションにはなるであろうと思われるものが些細な欠点のために落第させられたり、二十年も事務室の金庫に秘蔵されるようでは、先ずよほどの自信家でない限り論文提出について逡巡《しゅんじゅん》せざるを得ないであろう。提出を控えるだけならば誠に結構であるが、論文を書くまでに必要な肝心の研究を見合せて転向を想うようになる人の数が幾分でも多くなって来るのであったら、これは少し考えものではないか。
 博士がえらいものであ
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