と、四十万人の手で五千箇所の火事を引受けることになる。すなわち一箇所につき八十人|宛《あて》ということになる。さて、何の覚悟もない烏合《うごう》の衆の八十人ではおそらく一坪の物置の火事でも消す事は出来ないかもしれないが、しかし、もしも十分な知識と訓練を具備した八十人が、完全な統制の下に、それぞれ適当なる部署について、そうしてあらかじめ考究され練習された方式に従って消火に従事することが出来れば、たとえ水道は止まってしまっても破壊消防の方法によって確実に延焼を防ぎ止めることが出来るであろうと思われる。
これは極めて大ざっぱな目の子勘定ではあるが、それでもおおよその桁数《けたすう》としてはむしろ最悪の場合を示すものではないかと思われる。
焼夷弾投下のために怪我をする人は何万人に一人くらいなものであろう。老若《ろうにゃく》の外の市民は逃げたり隠れたりしてはいけないのである。空中襲撃の防禦は軍人だけではもう間に合わない。
もしも東京市民が慌てて遁げ出すか、あるいはあの大正十二年の関東震災の場合と同様に、火事は消防隊が消してくれるものと思って、手をつかねて見物していたとしたら、全市は数時間で
前へ
次へ
全19ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング