いてみた事がある。手近な歌集の中から口調のいいと思うのと、悪いと思うのとを選り分けて、おのおのに相当する曲線を画いてみて両者の間に何か著しい特徴が線の上から見えるかと思って調べてみた。何しろ僅少な材料であるから何事も確かな事は云われないが、ただ一つ二つ気の付いた事がある。
 この曲線は上がったり下がったり、不規則な波状を画いているが、この波の一つの峰から次の峰までの文字数がかなり広い範囲内で色々に変っている。このような波の長さの長いのが多ければ峰の数が少なく、波が短ければ峰の数が多くなるのは勿論である。
 先ずこの波の峰の数を数えてみると、この数のあまり多いのやあまり少ないのはどうも口調があまりよくないらしく思われる。
 それから波の長さがあまり一様なのもいけないらしい。
 私の調べた中で口調のいいと思ったのには、初めに長い波がつづいて終りに短いのがあるか、あるいはその反対のが多いようであった。
 もっと沢山の材料について調べてみたいと思ったきりでそのままになっている。
 そしてもう一方YZ曲線の方はまるで手をつけないでしまったのである。
 もし出来るならば、多数の歌人が銘々に口調のいいと思う歌を百首くらいずつも選んで、それらの材料を一纏めにして統計的に前述の波数や波長の分配を調べてみたら何かしら多少ものになるような結果が得られはしないかと考えるのである。
 このような研究はあるいは実験心理学上の一つの題目にならない事もなさそうに思われる。あるいはもう誰か試みた人があるかも知れないと思われる。
 尤もこういう研究が仮に出来上がったとしたところで多くの歌人には何の興味もない事ではあるかも知れないが、しかし歌人にして同時に科学者であるような人にとっては少なくも消閑の仕事としてこんな事をつついてみるのも存外面白いかも知れない。
 口調がよくてもいい歌とは限らず、口調が悪くてもそのために却って妙味のある歌もあるかも知れないが、歌の音楽的要素を無視しない限り口調の研究は一般の歌人にも無駄な事ではないであろうと思う。
 以上は口調というちょっとつかまえ処のないようなものを何とかして系統的に研究しようとする方法の第一歩を暗示するものだとして見てもらわれれば仕合せである。
[#地から1字上げ](大正十一年三月『朝の光』)



底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店
   1997(平成9)年11月21日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「朝の光」
   1922(大正11)年3月
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年10月16日作成
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