とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手をかわすに躊躇《ちゅうちょ》しないであろう。二人の目ざすところは同一な真の半面である。

 世間には科学者に一種の美的享楽がある事を知らぬ人が多いようである。しかし科学者には科学者以外の味わう事のできぬような美的生活がある事は事実である。たとえば古来の数学者が建設した幾多の数理的の系統はその整合の美においておそらくあらゆる人間の製作物中の最も壮麗なものであろう。物理化学の諸般の方則はもちろん、生物現象中に発見される調和的普遍的の事実にも、単に理性の満足以外に吾人の美感を刺激する事は少なくない。ニュートンが一見捕捉しがたいような天体の運動も簡単な重力の方則によって整然たる系統の下に一括される事を知った時には、実際ヴォルテーアの謳《うた》ったように、神の声と共に渾沌《こんとん》は消え、闇《やみ》の中に隠れた自然の奥底はその帷帳《とばり》を開かれて、玲瓏《れいろう》たる天界が目前に現われたようなものであったろう。フォークトはその結晶物理学の冒頭において結晶の整調の美を管弦楽にたとえているが、また最近にラウエやブラグの研究によ
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