夏目先生の俳句と漢詩
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)何処《どこ》かの
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和三年五月『漱石全集』第十三巻、月報第三号)
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夏目先生が未だ創作家としての先生自身を自覚しない前に、その先生の中の創作家は何処《どこ》かの隙間を求めてその創作に対する情熱の発露を求めていたもののように思われる。その発露の恰好《かっこう》な一つの創作形式として選ばれたのが漢詩と俳句であった。云わば遠からず爆発しようとする火山の活動のエネルギーがわずかに小噴気口の噴煙や微弱な局部地震となって現われていたようなものであった。それにしてもそのために俳句や漢詩の形式が選ばれたという事は勿論偶然ではなかったに相違ない。先生の自然観人世観が始めから多分に俳句漢詩のそれと共通なものを含んでいた事は明らかであるが、しかしまた先生が俳句漢詩をやった事が先生の自然観人世観にかなりの反作用を及ぼしたであろうという事も当然な事であろう。ともかくも先生の晩年の作品を見る場合にこの初期の俳句や詩を背景に置いて
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