に起こった波のうねり[#「うねり」に傍点]が、ここらの海岸まで寄せて来て、暴風雨の先ぶれをする事もあります。このような波の進んで行く速さは、波の峰から峰、あるいは谷から谷までの長さいわゆる「波の長さ」の長いほど早く、また浅い所へ来るとおそくなります。見慣れない人は波の進むにつれて水全体が押し寄せて来るように思う事もあるそうですが、実際はただあのような、波の形が進んで来るだけで、水はただ、前後に少しずつ動揺しているという事は水面に浮かんでいる物を見ていてもだいたいはわかります。もし浅い所で、波の中に立っていられるような機会があったらよく気をつけてごらんなさい。波の峰が来た時にはからだが持ち上げられると同時に、波の進むほうに押されるが、谷を通る時は反対に引きもどされます。もう少し詳しく水に浮かんでいる木切れか何かの運動を注意していると、波が一つ通るごとに、楕円形《だえんけい》の輪を描いている事がわかります。これは水の表面に限らず、底のほうでも同様ですが、ただ底へ行くほどこの楕円形が平たくまた小さくなり、いよいよ底の所ではただわずかに直線の上を往復する運動になってしまいます。大波の時には、二三十|尋《ひろ》の底でもひどく揺れるが、少しの波ならば、潜航艇にでも乗って、それくらい沈めば、もう動揺は感じなくなります。
 波が浜へ打ち上げてから次の波が来るまでの時間は時によっていろいろですが、私が相州《そうしゅう》の海岸で計ったのでは、波の弱い時で四五秒ぐらい、大波の時で十四五秒ぐらいでした。とにかく、波の高い時ほどこの時間が長くなります。
 遠浅の浜べで潮の引いた時、砂の上にきれいなさざ波のような模様が現われる事があります。これは細かい砂の上で、水があちらこちらと往復運動をするためにできるものです。何か浅い箱か盥《たらい》のようなものがあったら、その底へ細かい砂を少し入れ、その上に水を入れて静かにゆさぶってみるとおおよそこのような模様のでき方を実験する事ができます。また機会があったら水の底にできているこの波形の波長を計ってごらんなさい。通例、深い所ほど波長が短くなっているでしょう。
 波頭《なみがしら》が砂浜をはい上がって引いたすぐあとの湿った細砂の表面を足で踏むと、その周囲二三尺ほどの所が急にすう[#「すう」に傍点]とかわくが、そのまま立ち止まっていると、すぐにまた湿って来ま
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