余談ではあるが、二十年ほど前にアメリカの役者が来て、たしか歌舞伎座《かぶきざ》であったかと思うが、「リップ・ヴァン・ウィンクル」の芝居をした事がある。山の中でリップ・ヴァン・ウィンクルが元気よく自分の名を叫ぶと、反響がおおぜいの声として「リーッウ・ウァーン・ウィーンウール」と調子の低い空虚な気味の悪い声であざけるように答えるのが、いかにも真に迫っておもしろかったのを記憶する。これは前述のような理由で音声の音色が変わる事と、反射面に段階のあるために音が引き延ばされまた幾人もの声になって聞こえる事と、この二つの要素がちゃんとつかまれていたからである。思うにこの役者は「木魂《こだま》」のお化けをかなりに深く研究したに相違ないのである。
「伽婢子《おとぎぼうこ》」巻の十二に「大石《おおいし》相戦《あいたたこう》」と題して、上杉謙信《うえすぎけんしん》の春日山《かすがやま》の城で大石が二つある日の夕方しきりにおどり動いて相衝突し夜半過ぎまでけんかをして結局互いに砕けてしまった。それからまもなく謙信が病死したとある。これももちろんあまり当てにならない話であるが、しかし作りごとにしてもなんらかの自然
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