ンは真理の殿堂の第一の扉《とびら》を開いただけで逝《ゆ》いてしまった。彼の被案内者は第一室の壮麗に酔わされてその奥に第二室のある事を考えるものはまれであった。つい、近ごろにアインシュタインが突然第二の扉を蹴開《けひら》いてそこに玲瓏《れいろう》たる幾何学的宇宙の宮殿を発見した。しかし第一の扉を通過しないで第二の扉に達し得られたかどうかは疑問である。
この次の第三の扉はどこにあるだろう。これはわれわれには全然予想もつかない。しかしその未知の扉《とびら》にぶつかってこれを開く人があるとすれば、その人はやはり案内者などのやっかいにならない風来の田舎者《いなかもの》でなければならない。第三の扉の事はいかに権威ある案内記にも誌《しる》してないのである。
思うにうっかり案内者などになるのは考えものである。黒谷や金閣寺の案内の小僧でも、始めてあの建築や古器物に接した時にはおそらくさまざまな深い感興に動かされたに相違ない。それが毎日同じ事を繰り返している間にあらゆる興味は蒸発してしまって、すっかり口上を暗記するころには、品物自身はもう頭の中から消えてなくなる。残るものはただ「言葉」だけになる。目
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