たくらいで、大きくなってもやはり口重であった。八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に立った。それで人々は「馬鹿正直《ビーダーマイアー》」という渾名《あだな》を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事になろうとは、誰も夢にも考えなかった事であろう。
 音楽に対する嗜好は早くから眼覚めていた。独りで讃美歌のようなものを作って、独りでこっそり歌っていたが、恥ずかしがって両親にもそれは隠して聞かせなかったそうである。腕白な遊戯などから遠ざかった独りぼっちの子供の内省的な傾向がここにも認められる。
 後年まで彼につきまとったユダヤ人に対するショーヴィニズムの迫害は、もうこの頃から彼の幼い心に小さな波風を立て初めたらしい。そしてその不正義に対する反抗心が彼の性格に何かの痕跡を残さない訳には行かなかったろうと思われる。「ユダヤ人はその職業上の環境や民族の過去のために、人から信用されるという経験に乏しい。この点に関してユダヤ人の学者に注目して見るがいい。彼等は論理というものに力瘤《ちから
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