ーは自分の仕事が少しだれ気味になるのを自覚した。それで気を変えるために休暇の必要を感じた。一八九八年の初めにインドのプーナー(Poonah)で皆既日蝕《かいきにっしょく》が見られるというので思い立って十月末にコロンボ行の船に乗って出掛けた。インドでは到るところで歓迎されたが、それは貴族としてであって、彼を迎えた人達は彼の科学上の仕事などは全く知らないように見えた。彼はインド魔術を面白がり、夫人がいろいろの、彼から見ると無駄な買物をするのを気にしたりした。
一九〇〇年軍務局で爆発物調査委員会が設置されたとき、レーリーが委員長に選ばれた。彼の好みにはあまり合わないこの仕事を、彼は愛国的感情から引受けたと云われている。無煙火薬の形を管状にする方が有利であるということを論じた論文が全集の第五巻に出ているのはこういう機縁に因るのである。
一九〇一年には Chief Gas Examiner(ガス受給に関する監督局の長官)に任命され、ガス法規修正案の調査会の議長となり、また訴訟問題の判定に参与したりした。この職には死ぬまで停《とど》まっていたのである。
一九〇一年にロンドンのチューブ地下鉄道
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