梶[の血筋に科学的な遺伝があるとすればそれはこの外戚《がいせき》のヴィカース家から来ているらしい。すなわち外戚祖父とその兄弟は工兵士官であり、また外戚祖母の先祖にも優れた砲工兵の将官が居た。また祖母 Lady FItzgerald は有名なボイル(Robert Boyle)の兄弟の裔《すえ》だそである。
一八四二年の十一月十二日に John Willam を生んだときに母は年わずかに十八歳であった。そうしてこの子はいわゆる七月子《ななつきご》として生れたのである。三歳になるまで物が云えなかった。しかし物事にはよく気がついて、何でも指さして「アー、アー、アー」と云った。そうして「あれはお家《うち》です」、「犬です」という返事を聞かないうちはなかなか満足しなかった。祖父の大佐がこの子を始めて見たときに「これはよほど利口か、それとも大馬鹿だ」と云った。それはこの児の頭蓋骨の形を見てそう云ったものらしい。
生れて二十箇月後に階段から転がり落ちて、頭に青や黒の斑点が出来た。その後にも海岸の波止場《はとば》から落ちて溺れかかった事もあった。また射的《しゃてき》をしている人の鉄砲の筒口の正面へ突
前へ
次へ
全58ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング