ウスを読み、そうしてその解説を筆にしている間に、しばしば私は一種の興奮を感じないではいられなかった。従って私の冷静なるべき客観的紹介の態度は、往々にしてはなはだしく取り乱され、私の筆端は強い主観的のにおいを発散していることに気がつく。また一方私はルクレチウスをかりて自分の年来培養して来た科学観のあるものを読者に押し売りしつつあるのではないかと反省してみなければならない。しかし私がもしそういう罪を犯す危険が少しもないくらいであったら、私はおそらくルクレチウスの一巻を塵溜《ごみため》の中に投げ込んでしまったであろう。そうしてこの紹介のごときものに筆を執る機会は生涯《しょうがい》来なかったであろう。

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(1) ルクレチウスの atom. 現代の原子と区別するためにかりに元子と訳する。
(2) Newton, Opticks, pp. 375, 376, Second edition, 1718.
(3) L'Illustration, 7 Juillet, 1928.
(4) Daly, Igneous Rocks and their Origin
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