々ラジオ屋さんの御苦労を願うというのは自分ながら妙なことであると思われなくはない。紺屋《こうや》の白袴とでもいうのか、元来心掛けの悪いためか、それとも不精なのか、おそらくそれのすべてであろう。しかし一体に科学の研究を生涯の仕事にしている者のためには、出来てしまっているものには興味がなくてまだ出来ないものにのみ興味を引かれる。そうして出来ていないものがあまりに多い。ラジオの修繕までは手が届きかねるという人は自分のみならず他にもおそらく多いであろうと思われる。
 ここまで書いた時に宅のラジオが鳴り出して、バッハのト短調、チェンバロ・コンチェルトというのを聞かせてくれた。いつ聞いても心持の悪くないものはこういう古典的な音楽である。からだ中の血液の濁りを洗うような気がする。こういうものが、うちの机の前に坐ったままで聞かれるのはやはりラジオの効用だと思う。[#地から1字上げ](昭和八年四月、日本放送協会『調査時報』)



底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店
   1997(平成9)年2月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:noriko saito
2004年8月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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