来てから、やっとその追跡からのがれたようである。しかしいつまでのがれられるかそれはわからない。」
「これだけの事を一度だれかに話したいと思っていたが、きょう君にそれを話してこれでやっと気が楽になった。」
ゆっくりゆっくり一句一句切って話したので、これだけ話すのにたぶん一時間以上もかかったかと思う。話してしまってから、さもがっかりしたように枕《まくら》によりかかったまま目をねむって黙ってしまったので、長座は悪いだろうと思って遠慮してすぐに帰って来た。
翌朝P教室へ出勤するとまもなくS軒から電話でB教授に事変が起こったからすぐ来てくれとの事である。急病でも起こったらしいような口ぶりなので、まず取りあえずN教授に話をして医科のM教授を同伴してもらう事を頼んでおいて急いでS軒に駆けつけた。
ボーイがけさ部屋《へや》をいくらたたいても返事がないから合いかぎでドアを明けてはいってみると、もうすでに息が絶えているらしいので、急いで警察に知らせると同時に大学の自分のところへ電話をかけたということである。
ベッドの上に掛け回したまっ白な寒冷紗《かんれいしゃ》の蚊帳《かや》の中にB教授の静かな寝顔
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