か閑静でいいだろうと思ってそのことを知らせてやったら、さっそく引き移って来て、幸いに存外気に入ったらしい様子であった。
その後、時々P教室の自分の部屋《へや》をたずねて来て、当時自分の研究していた地磁気の急激な変化と、B教授の研究していた大気上層における荷電粒子の運動との関係についていろいろ話し合ったのであったが、何度も会っているうちに、B教授のどことなくひどく憂鬱《ゆううつ》な憔忰《しょうすい》した様子がいっそうはっきり目につきだした。からだは相当|肥《ふと》っていたが、蒼白《そうはく》な顔色にちっとも生気がなくて、灰色のひとみの底になんとも言えない暗い影があるような気がした。
あるひどい雨の日の昼ごろにたずねて来たときは薄絹にゴムを塗った蝉《せみ》の羽根のような雨外套《あまがいとう》を着ていたが、蒸し暑いと見えて広くはげ上がった額から玉のような汗の流れるのをハンケチで押しぬぐい押しぬぐい話をした。細かい灰色のまばらな髪が逆立っているのが湯げでも立っているように見えた。その時だけは顔色が美しい桜色をして目の光もなんとなく生き生きしているようであった。どういうものかそのときの顔がい
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