いる娘の淋しい顔はいつでも曇っているように思われた。
二、三ヶ月程たって後息子の顔が店に見えぬようになって、店の塵を払う亭主は前よりも忙がしげに見えたが、それでもいつも同じような柔和な顔つきで、この男のみは裏木戸に落つる梧葉《ごよう》の秋も知らぬようであった。
やもりはもう見えぬようになった。冬が容捨もなく迫って来て木枯しが吹き募るある夜、散歩の帰り途に暗闇阪近くなった時、自分の数間前を肩をすぼめて俯向《うつむ》いて行く銀杏返しの女がある。たいていの店は早く仕舞って、寂《さび》れた町に渦巻き立つ砂ほこりの中を小きざみに行く後姿が非常に心細げに見えた。向うから来かかった老婆がすれちがった時、二人は急に立止って、老婆の方から、「ホー、しばらくだったね、もう少しはいいかえ」と聞く。振りむいたとき見ると荒物屋の娘であった。淋しい笑《えみ》を片頬に見せて、消入るような声で何か云っているようであったが凄まじい木枯しが打消してしまって、老婆の「ホー」と云った寒そうな声と、娘の淋しかった笑顔とは何かなしに自分の心にしみ込むようであった。暗闇阪の街燈は木枯しの中に心細く瞬《またた》いていた。
翌《あく》る年の春、上野の花が散ってしまった頃、ある夜膳を下げに来た宿の主婦の問わず語りに、阪の下の荒物屋の娘が亡くなったと云う話をした。今日葬式が済んだと云う。気立ての優しいよい娘であったが、可哀相にお袋が邪慳《じゃけん》で、せっかく夫婦仲のよかった養子を離縁した。一体に病身であった娘は、その後だんだんに弱くなって、とうとう二十歳でこんな事になったと話して聞かせた。自分は少し前に上野でこの娘に会うたことを思い出した。その時は隣の菓子屋の主婦と子供を二、三人連れて、花吹雪の竹の台を歩いていた。横顔は著しく痩せてはいたが、やがて死ぬ人とも見えなかったのである。
自分が年中で一番|厭《いや》な時候が再び来て暗闇阪にはまたやもりを見るようになった。ある夜荒物屋の裏を通ったら、雨戸を明け放して明るい座敷が見える。高く釣った蚊屋《かや》の中にしょんぼり坐っているのは年とった主婦で、乱れた髪に鉢巻をして重い病苦に悩むらしい。亭主はその傍に坐って背でも撫でているけはいである。蚊屋の裾には黒猫が顔を洗っている。
やもりと荒物屋には何の縁もないが、何物かを呪うようなこの阪のやもりを行き通りに見、打ち続く
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