《ひさし》に姿を見せる事がある。美しい猫ではあるが気のせいかなんとなく険相に見える。臆病《おくびょう》なうちの三毛はのら猫を見ると大急ぎで家に駆け込んで来るが、たま[#「たま」に傍点]のほうは全く平気である。いつかのら猫といっしょに遊んでいるのを見たという報告さえあった。「不良少年になるんじゃないよ」などといって頭をたたかれていたが、なんのためにたたかれるのか猫《ねこ》にはわからないだろう。

 わが家の猫の歴史はこれからはじまるのである。私はできるだけ忠実にこれからの猫の生活を記録しておきたいと思っている。
 月がさえて風の静かなこのごろの秋の夜に、三毛と玉《たま》とは縁側の踏み台になっている木の切り株の上に並んで背中を丸くして行儀よくすわっている。そしてひっそりと静まりかえって月光の庭をながめている。それをじっと見ているとなんとなしに幽寂といったような感じが胸にしみる。そしてふだんの猫とちがって、人間の心で測り知られぬ別の世界から来ているもの[#「もの」に傍点]のような気のする事がある。このような心持ちはおそらく他の家畜に対しては起こらないのかもしれない。
[#地から3字上げ](大正十年十一月、思想)



底本:「寺田寅彦随筆集 第一巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1947(昭和22)年2月5日第1刷発行
   1963(昭和38)年10月16日第28刷改版発行
   1997(平成9)年12月15日第81刷発行
入力:田辺浩昭
校正:かとうかおり
1999年11月17日公開
2003年10月22日修正
青空文庫作成ファイル:
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