的であるに対して、たま[#「たま」に傍点]は紛れもないプレビアンでボルシェビキでからだ不相応にはげしい食欲をもっていた。三毛の見向きもしない魚の骨や頭でもふるいつくようにして食った。そしてだれかちょっとさわりでもすると、背中の毛を逆立てて、そうして恐ろしいうなり声を立てた。ウーウーという真に物すごいような、とてもこの小さな子猫の声とは思われないような声を出すのである。そしてそこらじゅうにある食物をできるだけ多く占有するように両の前足の指をできるだけ開いてしっかりおさえつける。この点では彼はキャピタリストである。押しのけられた三毛はあきれたように少し離れてながめていた。鯖《さば》の血合《ちあい》の一切れでもやるとそれをくわえるが早いか、だれもさわりもしないのに例のうなり声を出しながらすぐにそこを逃げ出そうとするのである。どうしてもどろぼう猫の性質としか思われないものをもっているようである。その上にこの猫はいわゆる下性《げしょう》が悪かった。毎夜のように座ぶとんや夜具のすそをよごすのであった。その始末をしなければならない台所の人たちの間にははやくにたま[#「たま」に傍点]に対する排斥の声が高まった。そうでない人でも物を食う時のたま[#「たま」に傍点]の挙動をあさましく不愉快に感じないものはなかった。ことにおとなしい三毛が彼のために食物を奪われたりするのを見ればなおさらであった。
 たま[#「たま」に傍点]を連れて来た牛乳屋の責任問題も起こっていた。たま[#「たま」に傍点]は牛乳屋にかえしてもっといい猫《ねこ》をもらって来ようという事がすべての人の希望であるようであった。のみならずもう候補者まで見つけて来て私に賛同を求めるのであった。
 しかし牛乳屋が正直にもとの家へ返したところで、まただれか新しい飼い主の手に渡るにしても結局はのら猫になるよりほかの運命は考えられないようなこの猫をみすみす出してしまうのもかわいそうであった。下性《げしょう》の悪いのは少し気をつけて習慣をつけてやれば直るだろうと思った。それでまずボール箱に古いネルの切れなどを入れて彼の寝床を作ってやった。それと、土を入れた菓子折りとを並べて浴室の板の間に置いた。私が寝床にはいる前にそこらの蚊帳《かや》のすそなどに寝ているたま[#「たま」に傍点]を捜して捕えて来て浴室のこの寝床に入れてやった。何も知らない子猫
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