狽ヘ既婚者より未婚者の場合に於て遙かに夥多《かた》であるといふことを例証せんとしてゐる。又小児の死亡数と罪悪も私生児の場合に於て遙かに多いと主張してゐる。又一方に於ては恋愛を以て離婚と自殺と罪悪の原因であると攻撃してゐる。併しながら彼等は一方に於て、社会の状態と両親の偏見とが恋愛結婚を妨圧せるがため、独身の生涯を送り、或は発狂し自殺し、罪悪を犯し、私生児の親となつた統計をば等閑視してゐる。かかる場合に於て恋人の一人は必ず富のためか或は『義務』の為め、又は『他人の幸福』のために犠牲となり、或は圧制せられ恋愛に対する叛逆者となつたに相違ないのである。
 併し実際現今ではかの昔両親がその娘に対し『お前は自分の幸福と云ふことを考へてはいけない。先づ他人の幸福といふことを考へなくてはならぬ』といふ思想を諄々と教へ込んだ時代よりもこう云ふ犠牲者に出遇ふことは少くなつたやうである。他人の幸福といふのは畢竟《ひっきょう》自分の両親が承認した男を幸福にして自分の愛した男を不幸にしてやれといふ意に他ならないのである。これではその両親も両親の撰択した男も自分の幸福のかはりに他人の幸福といふことを考へなければ
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