ずるのであった。
「Sという人は、K氏やH氏の処に、そのことで何か相談に来たんですか。」
 今まで黙っていたTが突然に口を出した。
「ええ、まあそうなんです。しかし、村民もいまさら他からの救いをあてにしてるわけではないので、相談というのも、ほんの知らせかたがたの話に来たくらいのものなんですけれど、どうも話を聞いて見ると実に惨めなもんです。実際どうにかなるもんなら――」
 M氏はそういって、どうにも手出しの出来ない事をもう一度述べてから、K氏のろくに相手にもならない心持は、多分、今当局に、他からいくら村民達の決心を呑み込ませようとしても無駄だから、やはりどこまでも、本人達によって示されなければ、手応えはあるまいということ、そうした場合になれば、ひとりでに世間の問題にもなるだろうという考えだろうと説明した。
「僕もそう思いますね。実際もう何とも仕方のない場合になってきているのですからねえ。」
 Tは冷淡な調子で、もうそんな話は片付けようとするようにいった。

        四

 けれど、私はそれなりで話を打ち切ってしまうには、あまりにその話に興奮させられていた。私はできるだけ、その可愛想な村民達の生活を知ろうとして、M氏に根掘り葉掘り聞き始めた。
 彼等の生活は、私の想像にも及ばない惨めさであった。わずかに小高くなった堤防のまわりの空地、自分達の小屋のまわりなどを畑にして耕したり、川魚をとって近くの町に売りに出たりしてようやくに暮らしているのであった。そればかりか、とてもそのくらいのことではどうする事もできないので、貯水池の工事の日傭いになって働いて、ようやく暮している人さえあるのであった。その上にマッチ一つ買うにも、二里近くの道をゆかなければならないような、人里離れた処で、彼等の小屋の中は、まっすぐに立って歩くこともできないような窮屈な不完全なものであった。
「よくまあ、そんなくらしを十年も続けてきたものですねえ。で、その他の、買収に応じて他へ立ち退いた人達はどうなっているんです?」
 私の頭の中では聞いてゆく事実と、私の感情が、いくつもいくつもこんぐらがっていっぱいになっていた。しかし、そのもつれから起こってくる焦慮に追っかけられながらも、なお聞くだけのことは聞いてしまおうとして尋ねるのであった。
「ええ、その人達がまたやはり、お話にならないような難儀をしている
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