これからの勉強や仕事のためには今は何にもかかわらないがいいのだと思いました。そして私はTとも別れOをも拒絶しようと決心しました。
 Oは私のこの心持をかく見破っていました。私は決心してOに拒絶しに行きました。が結果は反対でした。私はいっさいの話の混交も世間の批判もだまって受けようと決心しました。
 こうして私はTと別れました。私がTと別れるまでの私のすべての心持も事情もよく知っている友達は私をしきりに励ましました。彼女は極力、私が独立することをすすめました。私の結婚が最初から過っていたことをしきりにいっていました。そして親切な私の後援者になってやろうとしていたのでした。けれども彼女は、私がTと別れると同時にOと結んだ事に不服でした。彼女は私がOの魅力にくらんで、彼女を裏切ったと考えたのです。無考えな結婚生活に手を焼いていながら再びその愚を繰り返すのだ、と彼女はいいました。もっと冷静に考えねばならないと彼女はいいました。そして彼女は、私が前からOとそうなるべきはずのを自分に隠していたのだというふうにもとりました。しかしそのどれでもなかったのです。
 私はずいぶん考えました。もう私も何をするにも考えずには出来なかったのです。満一ヶ月の間は、私はただその事ばかりを考えたのです。事実私はその考えの中で、Oによって私の生活が、ある力を与えられ、生き甲斐のあるものになるであろうという事によく気がついたのです。今まではばらばらだった私の生活に対する憧憬が形をもってきました。ただ一つOから私を妨げるのは世間の批難一つでした。私はその批難を受ける事を決心しました。

 私が最初の結婚から得たものは、充分に考える事の出来ないような若さで結婚した事に対する悔いです。一方からいえば、そうしなくてはならないようなふうな位置におかれた事も一つの原因になってはいましょうが、それよりも何にも考える事が出来なかったのが一大過失でした。
 それでも、私はまだ男に教育され激励されて、とにかく、自分の生活の根本的な間違いまで気づき、それによって、もっと生活を正しくすすめる事も出来たのです。それは立派な収穫でした。しかしこれがもしいい加減な男だったとしたら、――私はきっと下らない一生をおしまいにしたかもしれなかったのです。私は私のかつて友達だった人々の間に、惜しい一生を男に隷属して自分だけの生活をとり返すことが出来ずに暮らしている人をたくさん知っています。そして、私はたとえ自分がどれほどの悪名を被せられようとも正しく生きてきた事をよろこんでいます。

 よく、結婚して、性格の相違からとか、趣味の違いからとか、周囲の事情のためとかその他いろんな理由で結婚生活が面白くないという愚痴を聞きます。しかしそんな事も要するに、結婚前の考えが足りないのです。そんな事は当然結婚前に知っていなければならないはずなのです。
 けれども、今迄の若い娘達はたいてい若い男に会って、それほど冷静に人間を観るなどという教育はされていません。そしてまた、よほど、利口な人達でも、少しでも好意を持ち出したら、二人の間に不利益な、または不快な、と思われる事柄にはなるべく触れまいとします。これが普通の傾向なのです。一方からいえば無理もない感情ですが、この感情をぬけ得ない間は要するに青年男女の交際というものも実際に結婚の準備としては大した効果はあるまいと私は思います。

 私はTと別れる時、人間の各自持っている差異が恐い程よくわかりました。ちょっとした気質の差異でさえも、どんな大きな破綻を持ってくるかと考えました時には本当に心細くなりました。けれども一方には、みんなそれぞれのパアトナアを持って生活しているのです。そして第二の、現在の生活から私の学んだものは、たとえ結婚した男と女との間にしてもお互いの生活に立ち入らない事がいちばん必要だという事です。他の人々よりは愛し合うからといってお互いの生活に立ち入り勝手という法はありません。私共は深く理解し合うと同時に、その自由はあくまで尊重しなければなりません。all or nothing という事は一時よくいわれていましたが、これは最も利己的な考え方です。それは人間に無理に重荷を背負わせ、また苦しめるものです。
 私共は、いつも私共自身でなければなりません。久しい因習は男が女を所有するというような事を平気にしています。女もまたこの頃の新しい思想に育てられた人々でさえも、自分の気に入った男でさえあれば、よろこんで所有されます。これは恥ずべき事です。
 婦人の自覚という言葉もずいぶんいい古されました。婦人運動の初期にあってはこの自覚という言葉は、ただ結婚の際に親権に反抗する事にのみ用いられたといっても過言ではないような事実を示しました。そして今もやはりその続きです。
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