のをどうする事も出来ません。私もまた彼と直接には無関係でありながら、なおまた、ますます調子のちがった彼の生活を気にする事があるのです。
私は彼の妙な引っこみ思案に対して遠慮は少しもしませんでした。私は彼の才能を信じていましたから。彼は実力を持っていると信じていましたから。文壇にその頃幅をきかせている若い人達にくらべてもけっして劣る処はないと信じていましたから。私は少しも遠慮をする必要はなかったのです。しかし、何といっても、彼が文壇的に少しも野心を持たないのなら別ですが、相応に乗り出したい気もし、自分を信じてもいながら、妙にひっこんでいるのに対して、私の心持は少しずつ批評的になってきたのでした。
その間にも私の前にはいろんな困難が次から次へと押しよせてきました。
私共の生活の第一番の困難は、貧乏という事でした。Tは私を救うために失職しました。家にはその時から収入が途絶えたのです。そして私はその貧乏の中にとび込んだのです。私の親達も貧乏でしたがそれでも私は自分で直接に貧乏のつらさというものを少しも知りませんでした。もっとも、その時以来ずいぶん貧乏をしてきましたが、貧乏だけならちっともつらい事ではないと今もまだ思っているくらいですが。しかしとにかく初めての貧乏にずいぶんつらい思いをしたのは本当です。私は彼の母や妹たちがどうかしてそんなにいやな目に会わないようにしたいと思いました。けれども、私自身が何か働けるのならですが何にも出来ないのです。ではといって、彼はもう外に出て他人の下で働くのは真っ平だというのですからそれもすすめる訳にはゆきません。
貧乏がだんだんひどくなってきますと、珍らしいくらいにあきらめのいい年寄りもたまには愚痴も小言もいいます。そしてそれに身を切られるほどに辛いのは私だけなんです。彼はそれは呑気でした。明日たべるものがないといっても、「仕方がない」と手を束ねている事が出来るのです。こんな貧乏の中にいてはそういう人がいちばん割がいいのです。
あとから考えれば、ずいぶんいろんな事もありますが、どんなに利己的な態度をされても、その頃まで私が彼の態度に対して批評的になれなかったのは事実でした。私はどんな場合にも彼から独立し得なかったのです。彼に指導され教えられてきて出来た頭はどうしても彼に隷属して離れなかったのです。
いろいろな困難が一つ一つ自分の身
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