ってもまだ本当の子供だったのです。
私の恋の火は燃えました。けれども自ら求めて得た火で燃えたのではありませんでした。それはただ行きあたりばったりに出会った火が燃えついたのです。
結婚をするにも、恋をするにも、何を考えねばならないのか、そんな事はまるで知りませんでした。私は夢のように何の苦もなく、考えもなく、好きだと思い、尊敬した男をいっしょになったのです。そして私は男の気に入るように動きました。
でも、私は、それでも強いられて、いやな結婚をする人達から見れば、自分達がどんなに正しい結婚をし、またどんなに幸福だかという事を誇りにしていました。
私のいい加減な選択でも、私はいい男にぶつかったのです。私は勉強をする事も覚え、読んだり考えたり書いたりする事も覚えました。物を観ることも覚えました。私は今日自分で多少なり物が書けたり、物を観たり、考えたりする事が出来るのは男のおかげだと思っています。T――その男を私はそう呼びます――は立派な頭の持主です。もう久しい間知っているほどの人から大分いろいろな批難があります。しかし、私は彼がどんなろくでなし[#「ろくでなし」に傍点]な真似をして歩いているとしても、ちょっとそこらにころがっている利口ぶった男共よりどれほど立派な考えを持っているかしれないと信じています。
彼と結婚をするまではまるで無知な子供であった私は足掛け五年の間に彼に導かれ、教育されて、どうにか育ってきたのです。どうにか人間らしく物を考える事が出来るようになってきたのです。もちろん、彼にばかり教育されてきたのではなく、周囲の影響も充分大きな教育をしてくれたのも見のがす事は出来ません。
しかし、私にそのよき周囲を持たせたのもやはり彼なのです。彼は私をつとめて外に出して私が自分の生長の糧を得る機会を多くしてくれたのです。
が、私がようやく一人前の人間として彼に相対しはじめた時、二人がまるで違った人間だという事がはっきりしてきたのです。そしてこの性格のはげしい相違が、二人のお互の理解をもってしてもふせぎ切れないような日がだんだんに迫ってきたのです。
Tはかなり深い憂鬱な処をもっていました。そしてまた都会人らしいエゴイスティックな傾向を持っていました。この二つの大きな濃い彼の影を、私は最初少しも知りませんでした。私にはまったく見えなかったのです。そしてこの二つ
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