。教師と生徒とは一緒になつて、『泥棒!』と云ふ文字を書いたしるしを、此の罪人の首に下げなければならないときめた。
が、トルストイは此の子供の頭に紐をかけやうとして、其の眼を見て驚いた。そこには、屈辱と無言の非難とが見えた。いや、此の子供は罪人ではないのだ。此の子に泥棒だと云ふ烙印を押したりする残忍な事を犯した、彼れトルストイとほかの子供等と、即ち全社会が罪人なのだ。
トルストイの学校では、其後は決して二度と子供が罰せられた事はなかつた。が、此の偉大な、自由な、革命のロシアでは、まだ子供は罰せられ、隔離され、泥棒と云ふ烙印を押されて絶えず『道徳的不具者』と云はれてゐる。
私の心は擾《か》き乱された。そして困迷に陥つた。けれども私は、ホテル・ド・ルウロオプで見たあの綺麗な絵が汚れると云ふやうな事は許すことが出来なかつた。
四
それから少し後に、私の処に、アメリカで長い間交際した一人の婦人が訪ねて来た。彼女は二月革命の一寸後に、良人《おっと》と若い息子と一緒に、急いで彼等の生れ故郷に帰つたのだつた。彼女はあの大きな十月革命にも参加した。そしてそれ以来いろ/\な仕事に携はつて来たが、しかし彼女の主なる興味は子供の世話にあつた。私を尋ねて来た時にも、彼女は或るインテルナト即ち少女達の為めの寄宿学校で舎監をしてゐた。彼女は私に、其の仕事や子供達に就いてのいろんな事を話し、又彼女の学校で必要品を手に入れるためのつらい争ひの事などをくわしく話してくれた。彼女の話は私はそれを本当と思へなかつた程、私がホテル・ド・ルウロオプで見た事とはまるで違つてゐた。しかし私は又此の友達が絶対に信頼していゝ正直な人だと云ふ事を知つてゐた。それは全く合点が出来ない事だつた。
私は友達を一緒に夕飯を食べるやうにと引き止めた。私達はアメリカでお互に知つている人達についてだの、十月革命に就いてだの、又世界の被圧制階級の上に及ぼした其の影響だのに就いて話しながら、私は間にあはせの台所で薯の皮をむいてゐた。
『その皮をよそに棄てないでね。』と友達は私に注意した。
『どうして? 此の皮が何かにいるんですか。』と私は尋ねた。
『子供達がそれでポテトケエクをつくるのですよ、みんなはそれをどんなによろこぶか知れませんわ。』
『子供達?』私はびつくりした。『どうしてそんな事をするのです? 子供達は一等の定食を取つてゐるのぢやないんですか?』私はホテル・ド・ルウロオプで、子供達が、ミルクや、ココアや米や、フアリナや、白いパンや、チヨコレエトや、それから肉類をすらも食べてゐたのを見たのだ。
私の訪問客は笑つた『私の学校にいらつしやい。』彼女は云つた。『そして御自分で御覧になれば分りますわ。』
五
私は行つて見た、しかも一度きりでなく幾度も行つて見た。其処では私はメタルの裏を見た。が、それでも、私はまだそれ程容易にそれを信ずることが出来なかつた。其の学校には、六十五人の子供達がゐた。彼等の食物は極く僅かで、質もみぢめなものだつた。
其の中の大多数は、彼等の家の者や親戚の者が田舎から送るいくらかのもので扶助されてゐた。彼等は、僅かに暖かい着物を着、大部分は靴なしであつた。私の友達は、自分の時間と全精力とを、教育部のいろ/\の役所で浪費してゐた。
彼女は、其の六十五人の子供達の為めに二十本の木のスプーンを手に入れるのに二週間かゝつた。役所に入る順番の列の中に立つて高官に会ふのを待ちながらまる一と月も骨を折つて、二十五足の雪靴を貰つた。そして、それ等のものを、六十五人の子供達に、嫉妬や、憎悪の原因をつくらないやうに、悶着を起さないやうに分けてやるのには、深い思慮と、なか/\の機転が要る。
私は其の学校を訪ねる度毎に、何処かに何かの悪い事があるのだと云ふ事がだん/\に分つて来た。ホテル・ド・ルウロオプで子供等が受けてゐる保護と、クロンヴエルスキイ・プロスペクトの学校で子供達の受けてゐるものとの間の差別にはほかにどんな説明がつくのだらうか?
あそこでは、子供達は有らゆるものゝ最上のものを与へられてゐた。食物、着物、室、演奏会、舞踏――実は、一般の状態からするとそれは殆んど多すぎる程なのだ。
そして、此処では、子供達はほんの僅かなものしか与へられないで、いつも飢えてゐる。しかも其の僅かなものでも、それを手に入れるには非常な困難をしなければならないのだ。
六
直ぐに私は少々の事実を知つた。ロシアでは、すべての子供の為めの着物や食物が充分になかつたのだ。そしてボルシエヴイキは、外国の使者や派遣員や、通信員やに見せるために、各都市に幾つかの見世物学校を置く必要を考へ出したのだ。子供は見世物になつた。機会毎に展覧に供されて、書きたてられた。
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