死んだ魂
エマ・ゴオルドマン
伊藤野枝訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)総《すべ》て

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(例)[#地付き](第三次『労働運動』第八号、一九二二年一〇月一日)

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ます/\
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     一

 今から百年以前、ゴオゴルは其の傑作『死んだ魂』で同国人を驚かした。それは、ロシアの封建制度と其の寄生虫共を仮借なく非難したものであつた。『死んだ魂』は再びロシアの生活に帰つて来た。
 誰が現代の死んだ魂か? それは実際を話す方が一番はつきりするだらう。何処の託児所も、寄宿学校も、感化院も――実際子供と大人とが住んでゐる何処のさうした所にでも、――寄宿舎の数だけ、食物や着物や定食糧やを取る権利を与へられてゐる。
 総《すべ》ての学院では中央分配局の供給にたよつてゐる。或る学院のために必要などんなものを手に入れるにも先《ま》づ二十人も三十人ものチノヴニキ、即ち役人の署名と副署とのついた幾つもの命令書を貰はなければならない。
 チノヴニキは、型のやうに、何かの賄賂を受け取るまでは、手を延引させておく。そこで其学院の人間の実際の数よりはずつと多い人間のための命令を貰はなければならない事になる。そして其の『余分のもの』は賄賂ともなり、同時に又其の学院の飢えた友達のためのものとなるのだ。
 たとへば、私の友達の学校には六十五人の子供達がゐる。以前の舎監達はみんな架空の人の名前――死んだ魂――を学校の子供達の実際の統計に加へてゐた。かうして手に入れた其の余分の食糧を賄賂に使つて、其のお蔭で舎監達は其の仕事を早く運ぶ事が出来た。学校の主事等はかうしていろんな役所の『勢力のあるもの』に賄賂を使つてゐるので、其の仕事をサボつたり、子供を放つておいたりまた濫用したりしても、或は又往々寄宿生の為めに貰つた食料で投機をしても、ちつともかまはないのだ。彼等は『上の方の友達』を持つてゐるのだ。

     二

 ロシアの到る処に行はれてゐる此の面白いやり方の結果は、勿論明かな事だ。が、私の友達は、そんな事の仲間にはなれなかつた。彼女は『死んだ魂』を加へる事を拒んだ。
 彼女は、其の地方の無数の検査官や、試験官や、懲治官等に賄賂を使ふことを拒絶した。其の結果は、此の悪事に反対する、長いそして苦い争ひとなつた。そして其の争ひは、彼女の健康を害し、結局彼女を其の地位から除いて、文字通りに街頭に投げ出した。彼女はペトログラアド教育課長である『同志』マダム・リリナの注意を呼ばうと試みたが、無駄だつた。彼女は会はなかつた。彼女は決して私の友達の学校を訪ねた事はなかつた。『見世物』学校に彼女の全時間をとられてゐたのだ。マダム・リリナは、私の友達の話を信用しなかつたのだ。共産主義者に対する不平を云ふ『局外者』に注意を払ふ事は先づない事なのだ。そして、又、同時に、そんな事に係はるのは危険な事なのだ。

     三

 最初私は『死んだ魂』が一般に行はれてゐる方法だと云ふ事を信ずるのを拒んだ。『ソヴイエツトの第一の家』ホテル・アストリアで私の隣室に、一人の小さい婦人が二人の子供と住んでゐた。彼女は共産主義者であつたが、『死んだ魂』の方法に反対して激しく争つた一人だつた。彼女はいろんな子供達の学院で働いてゐた。そして私がクロンヴアスキイ・プロスペクトの学校で見出した状態を確証するだけではなく、同じ手段が行はれてゐる沢山の他の所へ私を連れて行つた。
 何処にも『死んだ魂』が半ば餓えてゐる子供達のものを奪取つてゐた。私の隣人は、彼女が其の自分の子供達に就いて持つてゐる経験を委《くわ》しく話した。男の子は三つで、女の子は九つだつた。二人とも託児所に預けてあつた。母親は其の貧しい所得の中から、余分な食物を子供達に規則正しく送つてゐた。子供達は其処では充分な食物を貰へないのだ。六ヶ月目の終りになつた時、二人の子供達は病気になつて、其の母親と一緒にゐた室に移された。女の子は有毒な発疹が進んでゐた。男の子は酷く衰弱してゐた。二人の容態は営養欠損の当然の結果だと云ふ診断なのだ。
 私は、其の真面目で熱心に働く共産主義者の隣人と友達になつた。彼女を通して、私は子供達の一般の状態に就いていろんな事を学んだ。私はます/\、ボルシエヴイキは子供達のためにあらゆる事を試みたが、其の彼等の努力は彼等の国家が創り出した寄生虫的官僚政治によつて失敗したと云ふ事がわかつて来た。宣伝の目的に子供までも使はねばならないと云ふ彼等の考への破壊的な事が何よりも先づ証拠立てられた。

     四

 私ははじめに云つた。私が最初に子供達が『泥棒だとか道徳的不具者』だ
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