、彼女の自由精神を高揚せしめ、遂に再新せる強き人格を得た。惜しいことに彼女は彼女の生の喜びなる彼女のオスワルドを救ふには間に合はなかつた、然し自由恋愛が美しき生活の唯一の条件だと云ふことは充分に実現し得た。アル※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ング夫人の如く、血と涙を払つて精神的覚醒を得た人々は結婚を虚偽、浅薄、空虚な侮辱として拒絶する。かれ等は恋愛がただ短期間続くとも、或ひは永遠に続くとも、それが新種族新世界を創造し、鼓舞し、高揚する唯一の根柢であることを知つてゐる。
 われ等が現在の矮少な状態に於ては、恋愛は実際大抵の人々にとつてあかの他人である。誤解せられ、嫌忌せられて根ざすことは稀れだ。よし偶々《たまたま》根ざしても、やがて枯れ凋《しぼ》んでしまふ。恋愛のデリケートな繊緯は日々挽き砕かれる圧迫に耐へることが出来ない。その霊魂はあまりに複雑だから、わが社会組織の粘り強き緯《よこいと》にそれ自からを適合せしむることが出来ない。恋愛はそれを要求する人々と共に歎げき、悶へ苦しむ、而も愛の絶頂に登る能力を欠いてゐる。
 いつか、いつか男と女とは立つて、その最高峰に到達するであらう。かれ等は大きく、強く自由に生長して出合ふだらう、そしてかれ等は準備して相互に愛の光輝に与かり、その中に浴するであらう。どんな幻想、どんな想像、どんな詩的天才が男女の生活中にかくの如き力の可能を先見し得るだらう。若し世界が真の交友と一致団結とを生み出すとすれば、その親は結婚ではなく恋愛であるだらう。



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:Juki
2009年8月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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