しない癖に広げて退屈しのぎに読んでいる。まき子はただもう四五年ぶりにでも吾家に帰っていく子供のように燥いでいるのだ。登志子は時々その声を聞いては、自分とまき子をくらべてみた。
 まき子は登志子よりは二つ年上の二十歳だ。それでも父に甘やかされてわがままに育った彼女は、一人前の女として物を考えてみることなんかまるでなかった。登志子自身に比べてもずっと幼稚なものにしか思えなかった。登志子にはまき子の考えたりしたりすることが見ていられないほど焦れったかった。朝夕同じ室にいて、同じ学校の同じクラスの同じ机の前に坐っていて、まき子のやることを一つ残らず見ている登志子はこれが自分よりも二つ年上の従姉といわれる人かと情ない気がした。そしては、心の中でまき子を軽蔑しきっているのだ。従姉ばかりではなくその父――登志子のためには叔父――をも彼女は少なからず軽蔑していた。彼女ははやくから叔父や叔母の自分とまき子に対する仕打ちを批評的な眼で眺めていた。彼女の慧い眼は、叔父のまき子に対する本能的なほとんど盲目的に近い愛と、登志子に対して厳格な監督者である威厳を示そうとするその二つのものが、登志子の目には始終極端にそぐわぬものになって極めて不自然に滑稽に見えた。彼女はひとりでその叔父の真面目くさった、道学者めいた事を口にするのを見ては心の中で嘲笑っていた。叔父や叔母のいう事に一としてそれらしい権威を含んだものはなかった。彼女には馬鹿にしきった人にいろいろな事を話したり聞いたりする勇気はなかった。何といわれても聞かれても彼女は黙っていた。
「今に――」と彼女はいつも思った。
「今に――自分で自分の生活が出来るようになれば私は黙ってやしない。私は大きな声で自分がいま黙って軽蔑している叔父等の生活を罵ってやる嘲笑ってやる。私は私で生活が出来るようになりさえすればあんな偽善はやらない。少なくともあんな卑劣な根性は自分は持ってはいない。――」
 いつも彼女はこんな事ばかり考えていた。そうして叔父と声を大きくして争う日を待ちかまえていた。
 いつ知らず――しかし登志子は叔父の狡滑な手にかかって尊い自己を彼の生活の犠牲に葬られさろうとしていた。
 世の中は幼稚な単純な登志子の目に映りまた考える程正直なものでも真面目なものでもなかった。生活ということ――ことに実生活を豊かにする事のためには、悪がしこい叔父の智慧
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング