無邪気でやるのなら、私そんなに気になりはしないと思いますわ。」
「うん、まあそんな処もあるね。だが、他の先生とちがって、Yは僕等のこんな生活でも時々はやはり癪に障るんだよ。やっぱり階級的反感さ。まあできるだけそんなことは気にしないことだね。」
「ええ、気にしたって仕様はありませんけれどね。でも、時々は本当に腹が立ちますよ。癪に障るっていっても、あの人だって、ここに来てずいぶんいい気持そうな顔をしているんじゃありませんか。」
 私は折々Yが、明るい湯殿の中で大きな声で流行歌などを歌いながらはいって、湯から上がると二階の縁側の籐椅子の上に寝ころんで、とろけそうな顔をして日向ぼっこをしている姿などを思い出しながらいいました。
「無邪気な、いい男なんだよ。だがあなたの気にするようなデリカシイはあの男には持ち合わせがないんだ。あなたのような人は、あんな男は、小説の中の人間でも見るようなつもりで、もっと距離をおいて見ているんだよ。そうすれば、あの男のいやな処だって、だんだんに許せるようになるよ。あの男は本当の野蛮人だからね。あいつが、山羊や茶ア公とフザケている時をごらん。一番面白そうだよ。すっかり仲間になり切っているからね。」
 本当にそれは一番の愉快そうな時でした。彼は私の家の庭つづきの広い南向きの斜面の原っぱで、私共の大きな飼犬と山羊を相手にころがりまわりました。彼のがっしりした、私には寧ろ恐ろしい程な動物的な感じのする体が、真白な山羊の体と一緒に犬に追われながら、まるで子供の体のようにころがりまわるのです。そうしては青い草の中にいっぱい陽をあびて、ゴロリと横になっては犬をからかっていました。

        二

 Oは私にYを小説の中の人物の気で見ていろといいました。私もややそれに似た気持ちで見てはいましたけれど、そしてまた、彼の無知からくる子供らしい率直さを、充分に知ることはできましたけれど、それにもかかわらず、彼の中に深く根ざされている、傍若無人に振舞っている間にも、必ず他人の心の底を覗こうとする一種の狡猾さと、他の好意につけ込む図々しさと執拗さとにはどうしても眼をつぶる訳にはゆきませんでした。
 けれども、その時分、彼は非常な熱心さで運動をしていました。彼は同志の人の手を借りて小さなビラ代りの雑誌をつくりました。そして自分の家に南千住あたりの自由労働者を大勢ひっ
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