され、父親の手に渡された。
 そんな事があってみれば、両親ももう新銀町には居たたまれなかった。両親は夜逃げ同然に先祖代々の相模屋をたたんで、埼玉の田舎へ引っ込んでしまった。一つには借金で首が廻らなくなっていたのだ。
 安子も両親について埼玉へ行ったが、三日で田舎ぐらしに飽いてしまった。丁度そこへやってきたのが横浜にいる兄の新太郎で、
「どうだ横浜で芸者にならぬか」と、それをすすめにきたのだった。
「そうね、なってもいいわよ」
 安子の返事の簡単さにさすがの新太郎も驚いたが、しかし父親はそれ以上に驚いて、
「莫迦なことを云うもんじゃねえ」
 と安子の言葉を揉み消すような云い方をしたが、ふと考えてみれば、安子のような女はもうまともな結婚は出来そうにないし、といって堅気のままで置けば、いずれ不仕末を仕出かすに違いあるまい。それならばいっそ新太郎の云うように水商売に入れた方がかえって素行も収まるだろう。もともと水商売をするように生れついた女かも知れない、――そう考えると父親も諦めたのか、
「じゃそうしねえ」と、もう強い反抗もしなかった。
 安子はやがて新太郎に連れられて横浜へ行き芸者になった。
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