うと、手に入れなければ承知せず、五つの時近所の、お仙という娘に、茶ダンスの上の犬の置物を無心して断られると、ある日わざとお仙の留守中遊びに行って盗んで帰った。
早生れの安子は七つで小学校に入ったが、安子は色が白く鼻筋がツンと通り口許は下唇が少し突き出たまま緊り、眼許のいくらか上り気味なのも難にならないくらいの器量よしだったから、三年生になると、もう男の子が眼をつけた。その学校は土地柄風紀がみだれて、早熟た生徒は二年生の頃から艶文をやりとりをし、三年生になれば組の半分は「今夜は不動様の縁日だから一緒に行こうよ」とか、「この絵本貸してあげるから、ほかの子に見せないでお読みよ」とか、「お前さんの昨日着て来た着物はよく似合った、明日もあれを着て来てくれ」とか、「文公は昨日お前さんをいじめたそうだが、あいつは今日おれがやっつけてやるから安心しな」などという艶文を、それぞれの相手に贈るのだった。艶文を贈って返事が来ると、二人の仲は公然と認められ、男の子は相手を「おれの娘《こ》」とよび女の子は「あたいの好い人」とよび、友達に冷やかされてぽうっと赫くなってうつむくのが嬉しいのだった。
安子が毎朝教室へ行って机を開けると何通もの艶文がはいっていた。が、安子は健坊という一人を「あたいの好い人」にしていた。健坊は安子の家とは道一つへだてた向側の雑貨屋の伜で、体が大きく腕力が強く、近所の餓鬼大将であった。
ところが四年生になって間もなくのある日、安子は仕立屋の伜の春ちゃんの所へ鉛筆と雑記帳を持って行き、「これ上げるから、あたいの好い人になってね」そう言って春ちゃんの顔をじっと媚を含んだ眼で見つめた。
春ちゃんは無口な大人しい子供で、成績もよく級長であったから、やはり女の方の級長をしている雪子という蒼白い顔の大人しい娘を「おれの娘」にしていたが、思わず、「うん」とうなずいて、その日から安子の「好い人」になってしまった。
その日学校がひけて帰り途、友達のお仙が「安ちゃん、あんたどうして健坊をチャイしたの」と訊くと、安子はにいっと笑って、「お仙ちゃん、誰にも言わない? 言っちゃいけないことよ。――あたい本当は一番になろうと思って勉強したんだけれど、また十番でしょう。くやしいからあたい一番になる代りに、一番の春ちゃんを好い人にしたのよ。これ内緒よ、よくって?」
「だってあんたには健坊がい
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