ず、そして今、再び生きて帰るまいと決心したその日に、やはり姉のことを想いだして便りをくれたその気持を想えば、姉の死はあくまでかくして置きたかった。
 道子は書きかけた手紙を破ると、改めて姉の名で激励の手紙を書いて、送った。
 南方派遣日本語教授要員の錬成をうけるために、道子が上京したのは、それから一週間のちのことであった。早朝大阪を発ち、東京駅に着いたのは、もう黄昏刻であった。
 都電に乗ろうとして、姉の遺骨を入れた鞄を下げたまま駅前の広場を横切ろうとすると、学生が一団となって、校歌を合唱していた。
 道子はふと佇んで、それを見ていた。校歌が済むと、三拍子の拍手が始まった。
「ハクシュ! ハクシュ!」
 という、いかにも学生らしい掛け声に微笑んでいると、誰かがいきなり、
「佐藤正助君、万歳!」
 と、叫んだ。
「元気で行って来いよ。佐藤正助、頑張れ!」
 きいたことのある名だと思った咄嗟に、道子はどきんとした。
「あ、佐藤さん!」
 一週間前姉に手紙をくれたその人ではないか。もはや事情は明瞭だった。学徒海鷲を志願して航空隊へ入隊しようとするその人を見送る学友たちの一団ではないか。
 道子はわくわくして、人ごみのうしろから、背伸びをして覗いてみた。円形の陣の真中に、一人照れた顔で、固い姿勢のまま突っ立っているのが、その人であろう。
 思わず駈け寄って、
「妹でございます。」
 と、道子は名乗りたかった。けれど、
「いや、神聖な男の方の世界の門出を汚してはならない!」
 という想いが、いきなり道子の足をすくった、道子は思い止った。そして、
「どうせ私も南方へ行くのだわ。そしたら、どこかでひょっこりあの人に会えるかも知れない。その時こそ、妹でございます。田中喜美子の妹でございますと、名乗ろう。」
 ひそかに呟きながら、拍子の[#「拍子の」はママ]音が黄昏の中に消えて行くのを聴いていた。
 一刻ごとに暗さの増して行くのがわかる晩秋の黄昏だった。
 やがて、その人が駅の改札口をはいって行くその広い肩幅をひそかに見送って、再びその広場へ戻って来ると、あたりはもうすっかり暗く、するすると夜が落ちていた。
「お姉さま。道子はお姉さまに代って、お見送りしましたわよ。」
 道子はそう呟くと、姉の遺骨のはいった鞄を左手に持ちかえて、そっと眼を拭き、そして、錬成場にあてられた赤坂青山町のお寺へ急ぐために、都電の停留所の方へ歩いて行った。



底本:「定本織田作之助全集 第六巻」文泉堂出版
   1976(昭和51)年4月25日発行
   1995(平成7)年3月20日第3版発行
※本文末に「(第五巻「姉妹」の原型・昭和十八年作 推・未発表)」という編集部注が入っています。
入力:桃沢まり
校正:小林繁雄
2009年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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