ず、そして今、再び生きて帰るまいと決心したその日に、やはり姉のことを想いだして便りをくれたその気持を想えば、姉の死はあくまでかくして置きたかった。
道子は書きかけた手紙を破ると、改めて姉の名で激励の手紙を書いて、送った。
南方派遣日本語教授要員の錬成をうけるために、道子が上京したのは、それから一週間のちのことであった。早朝大阪を発ち、東京駅に着いたのは、もう黄昏刻であった。
都電に乗ろうとして、姉の遺骨を入れた鞄を下げたまま駅前の広場を横切ろうとすると、学生が一団となって、校歌を合唱していた。
道子はふと佇んで、それを見ていた。校歌が済むと、三拍子の拍手が始まった。
「ハクシュ! ハクシュ!」
という、いかにも学生らしい掛け声に微笑んでいると、誰かがいきなり、
「佐藤正助君、万歳!」
と、叫んだ。
「元気で行って来いよ。佐藤正助、頑張れ!」
きいたことのある名だと思った咄嗟に、道子はどきんとした。
「あ、佐藤さん!」
一週間前姉に手紙をくれたその人ではないか。もはや事情は明瞭だった。学徒海鷲を志願して航空隊へ入隊しようとするその人を見送る学友たちの一団ではないか。
道
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