痩せた達磨さんテあれへんわ。」
 鏡を見て喜美子はひとり笑ったが、しかし、やがてそんな冗談も言っておれぬくらい、だんだんに衰弱して行った。
 道子がやっと女専を卒業して、大阪の喜美子のもとへ帰って来たのは、やがてアパートの中庭に桜の花が咲こうとする頃であった。
「お姉さま、只今、お会いしたかったわ。」
 三年の間に道子はすっかり東京言葉になっていた。喜美子はうれしさに胸が温《あたた》まって、暫らく口も利けず、じっと妹の顔を見つめていたが、やがて、いきなり妹の手を卒業免状と一緒に強く握りしめた、その姉の手の熱さに、道子はどきんとした。
「あら、お姉さまの手、とっても熱い。熱があるみたい……」
 言いながら道子は、びっくりしたように姉の顔を覗きこんで、
「……それに、随分お痩せになったわね。」
「ううん、なんでもあれへん。痩せた方が道《みち》ちゃんに似て来て、ええやないの。」
 喜美子はそう言って淋しく笑ったが、しかし、その晩喜美子は三十九度以上の熱をだした。道子は制服のまま氷を割ったり、タオルを絞りかえたりした。朝、医者が来た。肋膜を侵されているということだった。
 医者が帰ったあとで、道子は薬を貰いに行った。粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタリと袋にへばりつき、何年も薬局の抽出の中に押しこんであったのをそのまま取り出して、呉れたような気がして、なにか頼りなかったが、しかし道子は姉がそれを服む時間が来ると、「どうぞ効いてくれますように。」と、ひそかに祈った。しかし姉の熱は下らなかった。
 桜の花が中庭に咲き、そして散り、やがていやな梅雨が来ると、喜美子の病気はますますいけなくなった。梅雨があけると生国魂神社の夏祭が来る、丁度その宵宮《よみや》の日であった。喜美子が教えていた戦死者の未亡人達が、やがて卒業して共同経営の勲洋裁店を開くのだと言って、そのお礼かたがた見舞いに来た。
 道子がそのひと達を玄関まで見送って、部屋へ戻って来ると、壁の額の中にはいっている道子の卒業免状を力のない眼で見上げていた喜美子が急に、蚊細いしわがれた声で、
「道《みっ》ちゃん、生国魂さんの獅子舞の囃子がきこえてるわ。」
 と、言った。道子はふっと窓の外に耳を傾けた。しかしこのアパートから随分遠くはなれた生国魂神社の境内の獅子舞の稽古の音が聴えて来
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