るんやろなア」
「わいらに掴まったら、もう一ぺんハナヤをおごらされる思てやろか」
「阿呆ぬかせ」
と、言って、ふと声をひそめて、
「――ひょっとしたら刑事に追われたンかも判れへんぞ」
「へえ? ほな、掴まって、カンゴク行きやナ」
「掴まるかどないか、まだ判るけえ!」
「うまいこと逃げてくれたら、ええのになア」
「うん」
「しかし、兄ちゃん、掏摸テぼろい商売やけど、怖いなア。カンゴクへ行かんならん。兄ちゃん、それでも掏摸になるか」
「…………」
次郎はだまって、考えこんでいたが、やがてひょいと足許を見た途端、唇まで真青になった。
「三郎《サブ》公、えらいこっちゃ、銭がない」
「えっ……? ほんまか」
と、三郎は金入の空罐を覗きこんだ。
空っぽだ。
「盗まれたッ!」
次郎はきっと唇を噛んで、起ち上った。そして口惜しそうに前方を睨みつけながら、
「――畜生! どいつが盗みやがったんやろ。ひどいことをしやがる」
「兄ちゃん、交番へ届けたら、あかんやろか」
三郎は半泣きの声になっていた。
「阿呆! 交番へ届けても戻るもんか。強盗もよう掴まえんのに……」
「どないしたら、ええやろ」
「…………」
もう次郎は答えなかった。
「一銭も持たんと、帰るンか」
「…………」
「いややなア。こんなことなら、ハナヤで美味いもン食べた方がよかったなア、盗まれるより、その方がなんぼええか判れへん」
「…………」
次郎は棒のように突っ立っていたが、やがてきっと眼を輝かせると、
「三郎《サブ》公、おれ掏摸になるッ!」
と呶鳴るように言った。
「えッ……?」
「正直に靴みがきして、母ちゃんを養うてても、悪い奴にみな金を盗まれてしまうやないか。こんな損なことがあるもんか。正直に働いたら、阿呆な眼を見るだけや。よしッ! もうこうなったらやけくそや。掏摸になる」
次郎はそう言って、きっと前方を睨みつけた時、一人の著流しの男が通り掛った。鴈治郎横丁を出て来たガマンの針助だった。
「よしっ! あの男を掏ったるッ!」
次郎はそれと知らずにガマンの針助の袂へじっと眼をつけた。
ガマンの針助の袂は、中へ入れたものの重みで、だらんと下へ垂れていた。
「あの中に財布がはいっとるのや」
次郎は子供ながらそう睨んで、
「――おい三郎《サブ》公、ついて来い」
と、声をひそめて云いながら、針助のあと
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