が、気持は通じたのか、痩せた首を二度、三度たてに振って、
「う、う、う……」
 奇声を発しながら娘はふっと微笑んだ。
「あんた、おなか空いてるでしょう。何か食べようよ」
 お加代は娘の肩に手を掛けたまま、ハナヤの方へ並んで歩いて行きながら、
「――本当にひどい眼におうたわね。あの針助って奴はね。ガマン(刺青)の針助といってね。刺青にかけては西では一番という名人なんだけど、ああいう名人に限って、悪い癖があるのよ。人間さえ見たら、刺青をしたくてたまらないのよ。つまり刺青のマニアっていう奴ね」
「…………」
「いやがるのを無理に、脅したり、すかしたり、甘言を弄したりして、家へ連れこんでは、麻薬をかがせて、刺青をしてしまうのよ。あいつのために刺青をされた人間がどれだけいるか判りゃしないわよ。あたしだってその一人さ。――あんた、聴いてる……?」
「…………」
 唖の娘は相変らずキョトンとして、前髪の下ったお加代を見上げていた。
「そう、あんたは聴えなかったわね」
 お加代は苦笑したが、ふと思いついたように、
「――そうだわ。あんたの耳が聴えるのだったらこんな話はしないわよ。聴えないから、するのよ」
「…………」
 お加代の顔を見上げた娘は、お加代の眼がうるんだのを見てびっくりしたような表情になった。
「あたしだって、あの針助に刺青さえされなきゃ、こんな女にならなかったわよ。あたしだって、東京にいた頃は、真面目な娘だったのよ。同性愛も出来ないくらい、コチコチの箱入娘だったのよ。それが東京で焼け出されて一人で、大阪へ流れて来て……」
 その時のことを想い出すようにふっと空を見上げると、降るような星空だった。
「ああ。きれいなお星様」
 呟いた時、ふと星が流れて、青い光がすっと斜に、あえかな尾を引いて、消えた。
 お加代はしみじみと、星の流れるあとへ遠い視線を送りながら、
「……お星様が流れている間に願いごとを祈ると、かなうというけど……」
 と、ひとり言のように呟いていると、ふと思いがけぬやるせなさに、胸がしめつけられた。
「――願いごとって、どんなことだろう」
 と、その胸の底を覗きかけて、お加代はあわてて想いをそらしたが、しかし、星が見ていた。星に胸の底を覗かれてしまったのだ。
「ままよ。どうせ覗かれたんだもの」
 そう思って、お加代は、
「――豹吉!」
 と、小さく声に出し
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