れ!」
「いや、喋るわ」
「選挙はもう済んだぜ」
 それには答えず、お加代は、
「あんた御馳走したげるのはいいけど、寝てる子起すようにならない……? その子たち、やみつきになったらどうするの……?」
「兵古帯のくせに分別くさいこと言うな」
「あんたは分別くさくなかったわね」
「何やと……?」
「分別があれば、あんな怪しい素姓の女に参ったりしないわね。何さ、そわそわ時計を見たりして……。」
「怪しい……? 何が怪しい素姓だ……?」
「あら、あんたあの女の素姓しらないの?」
 お加代の声はいそいそと弾んだ。

「素姓みたいなもン知るもんか」
 豹吉はペッと唾を吐いて、
「――女に惚れるのに、いちいち戸籍調べしてから惚れるくらいなら、俺ははじめから親の家を飛び出すもんか」
 古綿をちぎって捨てるように言った。
 口が腐っても、惚れているとは言わぬ積りだったが、この際は簡単に言ってのける方が、お加代への天邪鬼な痛快さがあった。
 果して、お加代は顔色を変えた。
 豹吉が雪子に興味を抱いているらしいことは無論知っていたが、しかし、はっきり豹吉の口から聴いてみると、改めて嫉妬があり、
「ただでは済ませるもんか」
 という自尊心のうずきが、お加代の額にピリッと動いた。
「なるほど、家を飛び出すだけあって、あんたも随分おつな科白が飛び出すわね。しかしわれらのペペ吉が惚れるもあろうに、ストリート・ガールにうつつを抜かした――というのはあんまりみっとも良い話じゃないわよ」
 ペペ吉とは豹吉の愛称だ。むかし「望郷」という仏蘭西映画にペペ・ル・モコという異色ある主人公が出て来たが、そのペペをもじったのか、それとも、ペッペッと唾を吐く癖からつけたのか。
「ストリート・ガール……?」
 人を驚かすが自分は驚かぬという主義の豹吉も、さすがに驚きかけたが、危くそんな顔は見せず、
「――嘘をつけ!」
「そんな怖い眼をしないでよウ。――嘘でない証拠には、あたしはちゃんとこの眼で見たんだから。ゆうべ雨の中で男を拾ったところを」
「どこでだ……?」
「戎《えびす》橋……相手の男まで知ってるわ。首知ってるどころじゃない。名前をいえば、針が足の裏にささったより、まだ飛び上るわよ」
「言ってみろ、どいつだ……?」
「ガマンの針助……」
 と、言って、にやりと笑うと、
「……に、きいてごらんよ」
「じゃ……? あ
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