だって、あいつらは留置場へはいってるんだ。留置場へはいってるものを、手術しろはむりだよ」
 伊部は一応断ったが、しかし、刑事もそして小沢も、いや、道子までが口をそろえて口説いた。刑事は言った。
「伊部さん、とってやって下さい。何も留置場の中で手術してくれとは言いませんよ。どうせ彼等は少年刑務所へ一応送られるが、しかし、出て来るとまた刺青のために横へそれるにきまっている。刺青があれば真面目な働きもしにくいですからな。こちらも何とか便宜をはからうから、一つやってみて下さい」
 小沢も言った。
「君はこの頃は何もせず、ぶらぶらしているそうじゃないか。道子さんが心配して毎日泣いてるよ。伊部君、この刺青をとる手術をきっかけに、もう一度病院の仕事へ戻ってくれ。君のデカダンスはそりゃ判らぬこともない。しかし、そろそろ君も太陽の光の下へ出たらどうだ」
 道子も必死だった。
「兄さん、お願いです。仕事して頂戴! 折角今日こうして許していただいて、うちへ帰っても、今まで通りだったら、何にもならないわ」
 伊部は暫く考えていたが、やがて、
「よし、やろう。あの刺青が燈台もと暗しでおれの家の近所で植えつけられたのも、何かの縁だ。それに、おれはあの青蛇団と留置場の中ですっかり仲良しになったんだよ。彼等の気持は、おれが一番良く知ってるんだ。大量手術でむつかしいが、彼等の背を真白にしてやることは、彼等の心の汚れを取るばかりでなく、同時におれのデカダンスのクリニングになるかも知れない。そう思えば、ヤリ甲斐はあるかも知れないよ。あはは……」
 伊部の口から久しぶりにいきいきした朝の笑い声だった。

 作者に[#「作者に」はママ]この物語を一まずここで終ることにする。豹吉やお加代や亀吉がやがて更生して行くだろう経過、豹吉とお加代、そして雪子との関係、小沢と道子の今後、伊部の起ち直りの如何……その他なお述べるべきことが多いが、しかしそれらはこの「夜光虫」と題する小説とはまたべつの物語を構成するであろう。



底本:「定本織田作之助全集 第六巻」文泉堂出版
   1976(昭和51)年4月25日発行
初出:「大阪日日新聞」
   1947(昭和22)年5月24日〜8月9日
※「憂鬱」と「憂欝」の混在は底本通りにしました。
入力:林清俊
校正:小林繁雄
2008年3月3日作成
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