ん」に傍点]と頭を下げるなり、女学生は柳吉の所へ近寄って低い声で「お祖父《じい》さんの病気が悪い、すぐ来て下さい」
 柳吉と一緒に駆けつける事にしていた。が、柳吉は「お前は家に居《お》りイな。いま一緒に行ったら都合《ぐつ》が悪い」蝶子は気抜けした気持でしばらく呆然《ぼうぜん》としたが、これだけのことは柳吉にくれぐれも頼んだ。――父親の息のある間に、枕元で晴れて夫婦になれるよう、頼んでくれ。父親がうんと言ったらすぐ知らせてくれ。飛んで行くさかい。
 蝶子は呉服屋へ駆け込んで、柳吉と自分と二人分の紋附を大急ぎで拵《こしら》えるように頼んだ。吉報《きっぽう》を待っていたが、なかなか来なかった。柳吉は顔も見せなかった。二日経ち、紋附も出来上った。四日目の夕方呼出しの電話が掛った。話がついた、すぐ来いの電話だと顔を紅潮させ、「もし、もし、私維康です」と言うと、柳吉の声で「ああ、お、お、お、おばはんか、親爺は今死んだぜ」「ああ、もし、もし」蝶子の声は癇高《かんだか》く震《ふる》えた。「そんなら、私はすぐそっちイ行きまっさ、紋附も二人分出来てまんねん」足元がぐらぐらしながらも、それだけははっきり言った。が、柳吉の声は、「お前は来ん方がええ。来たら都合《ぐつ》悪い。よ、よ、よ、養子が……」あと聞かなかった。葬式にも出たらいかんて、そんな話があるもんかと頭の中を火が走った。病院の廊下で柳吉の妹が言った言葉は嘘だったのか、それとも柳吉が頑固な養子にまるめ込まれたのか、それを考える余裕もなかった。紋附のことが頭にこびりついた。店へ帰り二階へ閉《と》じ籠《こも》った。やがて、戸を閉め切って、ガスのゴム管を引っぱり上げた。「マダム、今夜はスキ焼でっか」階下から女給が声かけた。栓《せん》をひねった。
 夜、柳吉が紋附をとりに帰って来ると、ガスのメーターがチンチンと高い音を立てていた。異様な臭気《しゅうき》がした。驚いて二階へ上り、戸を開けた。団扇でパタパタそこらをあおった。医者を呼んだ。それで蝶子は助かった。新聞に出た。新聞記者は治《ち》に居て乱を忘れなかったのだ。日蔭者自殺を図《はか》るなどと同情のある書き方だった。柳吉は葬式があるからと逃げて行き、それきり戻って来なかった。種吉が梅田へ訊《たず》ねに行くと、そこにもいないらしかった。起きられるようになって店へ出ると、客が慰めてくれて、よく流
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