。まえまえから胃腸が悪いと二ツ井戸の実費医院《じっぴ》へ通い通いしていたが、こんどは尿《にょう》に血がまじって小便するのにたっぷり二十分かかるなど、人にも言えなかった。前に怪《あや》しい病気に罹《かか》り、そのとき蝶子は「なんちう人やろ」と怒《おこ》りながらも、まじない[#「まじない」に傍点]に、屋根瓦《やねがわら》にへばりついている猫《ねこ》の糞《ふん》と明礬《みょうばん》を煎《せん》じてこっそり飲ませたところ効目《ききめ》があったので、こんどもそれだと思って、黙って味噌汁の中に入れると、柳吉は啜《すす》ってみて、変な顔をしたが、それと気付かず、味の妙なのは病気のせいだと思ったらしかった。気が付かねば、まじないは効くのだとひそかに現《げん》のあらわれるのを待っていたところ更《さら》に効目はなかった。小便の時、泣き声を立てるようになり、島の内の華陽堂《かようどう》病院が泌尿科《ひにょうか》専門なので、そこで診《み》てもらうと、尿道に管を入れて覗いたあげく、「膀胱《ぼうこう》が悪い」十日ばかり通ったが、はかばかしくならなかった。みるみる痩《や》せて行った。診立て違いということもあるからと、天王寺《てんのうじ》の市民病院で診てもらうと、果して違っていた。レントゲンをかけ腎臓結核《じんぞうけっかく》だときまると、華陽堂病院が恨《うら》めしいよりも、むしろなつかしかった。命が惜しければ入院しなさいと言われた。あわてて入院した。
 附添いのため、店を構っていられなかったので、蝶子はやむなく、店を閉めた。果物が腐って行くことが残念だったから、種吉に店の方を頼もうと思ったが、運の悪い時はどうにも仕様のないもので、母親のお辰が四、五日まえから寝付いていた。子宮癌《しきゅうがん》とのことだった。金光教《こんこうきょう》に凝《こ》って、お水をいただいたりしているうちに、衰弱《すいじゃく》がはげしくて、寝付いた時はもう助からぬ状態だと町医者は診た。手術をするにも、この体ではと医者は気の毒がったが、お辰の方から手術もいや、入院もいやと断った。金のこともあった。注射もはじめはきらったが、体が二つに割れるような苦痛が注射で消えてとろとろと気持よく眠り込んでしまえる味を覚えると、痛みよりも先に「注射や、注射や」夜中でも構わず泣き叫んで、種吉を起した。種吉は眠い目をこすって医者の所へ走った。「モル
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