下の話は順平の大人を眼覚ました。弁護士の試験をうけるために早稲田の講義録をとっているという木下は、道で年頃の女に会うときまって尻振りダンスをやった。順平も尻を振って見せ、げらげら笑い、そしてあたりを見廻すのだった。
 ある時、気がついてみると、ふらふらと女中部屋の前にたたずんでいた。あくる日、千日前で「海女の実演」という見世物小屋にはいり、海女の白い足や晒を巻いた胸のふくらみをじっと見つめていた。そして又、ちがった日には「ろくろ首」の疲れたような女の顔にうっとりとなっていた。十六になっていた。二皮目だから今に女泣かせの良い男になると木下に無責任な賞め方をされて、もう女学生になっていた美津子の鏡台からレートクリームを盗み出し顔や手につけた。匂いに感づかれぬように、人の傍によらぬことにしていたが、知れて、美津子の嘲笑いを買ったと思った。二皮目だと己惚れて鏡を覗くと、兄の文吉に似ていた。眼が斜めに下っているところ、おでこで鼻の低いところ、顔幅が広くて顎のすぼんだところ、そっくりであった。ひとの顔を注意してみると、皆自分よりましな顔をしていた。硫黄の匂いのする美顔水をつけて化粧してみても追っ付
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