放浪
織田作之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)現糞《げんくそ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一番|沢山《ぎょうさん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)しみつき[#「しみつき」に傍点]
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       一

 大阪は二ツ井戸「まからんや」呉服店の番頭は現糞《げんくそ》のわるい男や、云うちゃわるいが人殺しであると、在所のお婆は順平にいいきかせた。
 ――「まからんや」は月に二度、疵ものやしみつき[#「しみつき」に傍点]や、それから何じゃかや一杯呉服物を一反風呂敷にいれ、南海電車に乗り、岸和田で降りて二里の道あるいて六貫村へ着物《べべ》売りに来ると、きまって現糞わるく雨が降って、雨男である。三年前にも来て降らせた。よりによって順平のお母が産気づいて、例《いつ》もは自転車に乗って来るべき産婆が雨降っているからとて傘さして高下駄はいてとぼとぼ辛気臭かった。それで手違うて、順平は産れたけれど、母親はとられた。兄の文吉は月たらずゆえきつい難産であつたけれど、その時ばかりは天気運が良くて……。
 
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